Naughty angel

 俺はなにも言えず、ただ立ち尽くした。
 いつからそこにいたのか、俺が目覚めても微動だにせず俺を見つめ続ける少年。
 見ず知らずの少年に怒声の一つ、疑問の一つでも投げかけるべきなのだろうが、少年の告げた一言が俺のすべての言動を封じてしまった。
「君に忘れ物を届けに来たよ。過ぎた日の、君達の約束を」
 そして世界は暗転した。まるで夢に落ちるように突然、だが苦しみもなく、緩やかに。
 その中で、俺は思い出していた。
 これから向かう時間のこと。そして、
(俺は知っている)
(その約束が叶わない……叶わなかったことを)

    ※

「お前ら、今年で何年目だっけ?」
「付き合いか? えっと……四年くらいか?」
「もう五年目になったよ……。付き合ってる時間くらい覚えててよね」
 肩を並べて歩くのは、中学の頃からの親友と、その彼女。五年も付き合って、よく切れないものだと思う。
「来月か、お前が行くの」
「ああ」
「寂しくなるね……」
 高校卒業後、俺だけが県外の大学に進学することになった。二人は、地元の専門学校に揃って進学。その仲のよさに、呆れをこえて羨ましささえ感じる。
「たまには帰ってくるよ。頼むから、知らないところで別れたりしないでくれよ」
「それは大丈夫。こいつが変なことさえしなければね」
 そう言ってじゃれ合う二人。そんな様子を横で笑いながら眺めるのも、いつからか当たり前になっていた。
「ああ、そうだ」
 突然真顔で振り返られ、俺はやや面食らう。
「お前、酒飲んだことあるか?」
「……? いや、ないけど」
 真面目な態度には真面目な態度で返すのが、俺達の暗黙の了解。質問の意図を掴めないまま、俺はそう答えた。
「そうか。じゃあお前、二十歳まで絶対飲むなよ。俺達も絶対飲まない」
(…………?)
「で、成人式の日に一緒に飲もうぜ。人生の初酒」
「あー、なるほど。やっと意味が分かったよ。いいかもね、そういうの」
 満足そうな二つの顔が、俺を見つめる。これだから、俺はこいつを親友だと思えるんだ。
「了解、約束な」
「おう」
 この瞬間、満足そうな顔が三つに増えた。

    ※

「……どうだったかな?」
 俺は、俺を見上げる少年を睨みつけた。
 突然現れて意味不明なことを言ってきた少年。訳も分からないままの体験は、過去の出来事そのままだった。俺の中の、なによりも辛い思い出。
「お前、なんなんだよ……」
「僕は天使だよ。とびきりやんちゃな、ね」
 天使どころではない。これから起こることが分かっているのに、なに一つ変えることが出来ない。そんな体験をさせられても、苦しいだけだ。
「悪魔だよ、お前は」
「心外だな。ま、いいけど。僕の用はこれだけなんだ。じゃあね」
「……おい」
 天使と名乗る少年に、俺はそれでも感謝していた。忘れていた約束を、思い出したから。
「…………ありがとうな、一応」
「そう思ってもらえるなら、よかったよ」
 そして少年の姿は、初めからいなかったかのようにその場から消え去った。

「約束……俺は守ったぞ」
 三本のビールを手にして、俺は二人の墓前に立っている。それをすべて開け、二本を墓前に、一本を涙と共に一気に飲み干した。
 今日は成人式。
 初めて飲むビールは思った以上に苦く、一人でこれ以上飲む気にはなれなかった。




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