"眼が見えない"
初めてそのことを苦に思ったのは、あの人に出会ったときだった。ボクと同じ施設にいたあの人は、初対面だというのに、生まれつき眼が見えないボクの境遇を思って泣いてくれた。
それまで、他の皆を羨ましいとは思っても自分の運命を呪ったことなんか無かったボクにとって、あの人の存在はあまりにも強くボクの心に刻み込まれた。
ほどなくしてボクは、あの人に恋をした。あの人について過ごす毎日。遊ぶときも、食事のときも、眠るときも、ボクはあの人のそばを離れようとしなかった。あの人も、そんなボクを受け入れてくれた。
いつだったか、あの人はボクにこう尋ねた。
『眼、見えるようになりたい?』
ボクは大きく頷いた。なによりも、ボクはあの人の顔を見てみたかった。
『……見えた世界が半分でも構わない?』
(…………?)
あの人がなにを言いたいのか、ボクには分からなかった。でも、眼が見えるならなんでもいい気がした。
ボクは、一度目より小さく頷いた。
『そうだよね』
そう言って、あの人はボクの頭を撫でてくれた。とても嬉しかった。
その三ヵ月後、ボクの眼は手術をして見えるようになった。細かい事情はその時のボクには分からなかった。ただ眼に映るものすべてが綺麗で、ボクは泣いていた。この気持ちをあの人に伝えたかった。
ただその時には、あの人はボクの傍からいなくなっていた。理由は分からない。でもそれ以来、ボクがあの人に会うことは出来なかった。
「卒業おめでとう」
今日は小学校の卒業式。花束を持った人がお祝いに来てくれた。でも……。
こんな人知らない。サングラスをかけてるし、少し恐い。
「あ、ありがと。えっと、でもボク………」
「……ぷっ」
その人は、突然笑い出した。なにか可笑しなことを言っただろうか。
「まだ『ボク』って言う癖治ってないんだ。そろそろ治さないと可笑しいよ?」
ひとしきり笑った後、その人はそう言った。ボクは顔が熱くなるのを感じた。きっと赤くなってるに決まってる。
そんなボクを見て、また笑い出しそうになるのを我慢するように一度視線を逸らした後、その人はサングラスを外した。
「……あ………」
ボクは声を漏らした。その人には、半分の世界しか見えていなかった。右目のない、左目だけの世界。
ボクと反対の世界。
「ひさしぶり、元気そうだね」
ボクは思わず飛びついていた。花束が地面に落ちるのも構わずに。
「逢いたかった、ずっと……!」
「………」
その人は、無言でボクの頭を撫でてくれた。やっぱり、とても嬉しかった。
「でもさ、いつまで『ボク』って言うつもり?」
それは、ボク達の何気ない会話。
「………やっぱり変?」
「まぁね……。俺の真似してるうちに癖になったんだっけ? もう中学生だし、治した方がいいよ。それとも、今度は『オレ』にする?」
「………頑張って『わたし』にする……」
「そうそう、頑張れ。『わたし』って言うのも聞いてみたいな」
彼は屈託の無い笑顔をボクに向けた。顔が赤くなってるのを自覚して、ボクは俯いた。
『わたし』も早く聞かせてあげたいけど……、ごめんね。ボクのこの癖、まだしばらくは治りそうにないよ。