とある休日、喫茶店にて

「おや、キョン」
「ん? おお、佐々木か。ひさしぶりだな。お前も買い物か?」
「ああ、参考書をね。君は……めずらしいね、小説かい?」
「いや、俺のじゃない。いつも世話になってるやつに、たまにはお礼でもと思ってな」
「くっくっ、それは殊勝なことだね」
「そうだ、佐々木。もし時間があるなら、せっかくだし喫茶店にでも行かないか? ひさしぶりにゆっくり話でもしたいしな」
「そうだね、今日は特に予定もないし、ボクも親友と語らうことにやぶさかではないよ」
「よし、それじゃ行くか」

「――――話を聞いてると、君は相変わらず苦労しているようだね」
「ああ、迷惑なことにな。あいつは加減ってものを知らないらしい」
「彼女らしいといえばらしいんだろうね」
「まあ、おとなしいハルヒなんて想像出来ないけどな」
「そういう意味では、ボクは彼女を尊敬するよ。あの自信とあれだけのエネルギーはどこからくるんだろう」
「あいつは、自分が正しいと信じて疑わずに突っ走るからな。自信があるのはいいことだが、あそこまで過剰なのもどうかと思うぞ」
「ふむ、自分が正しいと信じる……か。時にキョン、正しさとはどういうことだと思う?」
「ん? なんの話だ?」
「なに、特に実のない雑談さ。付き合ってくれるかい?」
「ああ、そういうことならもちろんだ。お前との雑談は結構楽しいしな」
「くっくっ、嬉しいことを言ってくれるね、親友。それじゃ、続けようか」

「人というのは往々にして、自分が『正解』したいと思っている。『間違えたくない』と言い換えてもいいかな」
「まあ、間違えずにすむならそれに越したことはないだろう」
「だけど、時と場合にもよるだろうけど、基本的には人の考え方や感じ方に『正解』や『不正解』といったものはないと思う」
「それはそうだな。今、俺と佐々木は同じ場所で同じように食事をしてるが、お互いがなにを考えて感じているかはわからない。例えばまったく正反対のことを感じていたとしても、どっちかが正しいとか間違いなんてものはないからな」
「それじゃあ、はっきりした『正解』がないとき人はどうするのかな」
「そうだな……正解かどうかはともかく、自分が正しいと思うかどうかで判断するんじゃないか?」
「うん、ボクもそう思うよ。そういう時、人は自分の中になにか基準を置いて、それが正しいと思えるか、少なくとも間違いではないと思えるかで判断する。そして、そこで問題が起こる」
「問題?」
「判断が食い違うんだよ。それぞれが違うものを基準に考えるからね。例えばそれは自分の経験だったり、誰かの意見だったり、宗教だったり、歴史だったりするわけだ。日本人の場合、世間のマジョリティーを基準にする人も多いだろう」
「それはわかるが、そんなに問題になることか? さっきも言ったが、人それぞれ考え方が違うのは当たり前のことだろう」
「人はえてして二元論に陥ってしまいがちだからね。その当たり前だと思えることでも、つい『正解』か『不正解』かで考えてしまう。そして人は、自分は正しい、間違えていないと思いたいものだ。結果的に……」
「……自分と違うものを否定しようとするわけか」
「そう。自分は正しい。正しくないものは間違い。つまり、自分と違うものは間違い、となるわけだね。その論理は誰しも無意識に展開してしまうものだが、それは時に争いの火種にもなる。宗教戦争なんかは、その最たるものだろう。自分の正しさも相手の間違いも名確には証明出来ない、ましてや『正解』も『不正解』も存在しないような議題にも関わらず、ね」
「残念だが、その感覚は否定できないな。確かに俺もそういう風に考えてしまうことはある」
「それはボクだって同じさ。どんな人間も、自分の中にない、自分が知り得ない基準で下された判断を無条件に受け入れるのは簡単ではないよ」
「むぅ……難しいな」
「難しいね。自分と違うものを認めるというのは」

「そういう話だと、ハルヒはその論理の塊みたいなやつだな。あいつは『自分がルール』を地でいってやがる」
「確かに、そういう捉え方も出来るかもしれないね。ただ……」
「なにか思うところでもあるのか?」
「ん、そうだね。キョン。ボクは、人が自分の正しさを主張する時、その意識には二つのパターンがあると思うんだ」
「二つ?」
「『自分は正しい』という意識と、『自分が正しい』という意識」
「……? すまん、よくわからん。なにがどう違うんだ?」
「前者は、『自分の判断は正解と一致している』という意識だ。『正解』となるものがあると仮定し、自分の判断は『正解』に反していないと主張するパターンだね。こういう人はある程度柔軟な思考で、納得すれば主張を翻すことも出来るんじゃないかと思う」
「てことは、面倒なのは後者の方か」
「ああ。後者は、『自分の判断こそが正解だ』と主張するパターンだ。この場合、その人の意識を変えさせることは容易ではないだろうね。いわゆるクレーマーやモンスターペアレントなんて呼ばれてる人はこういう思考の人が多いんじゃないかな」
「確かに、それは厄介だな……」
「まあ、あくまでボクの想像に過ぎないけどね。その想像の上で話を続けるなら、涼宮さんの意識は前者じゃないかとボクは思う」
「ん? ハルヒこそ後者じゃないか?」
「ボクは、涼宮さんは意識の根底で『なにが不正解とされるか』をわかっている気がするよ。彼女は確かに滅茶苦茶なところがあるが、それでも最後の一線は越えていない。そこを越えてしまうと、キョンや周りの人が離れていってしまう、そのボーダーだけはね」
「まあ、うちの超能力者が言うにはあいつはあれで常識人らしいが……とてもそうは思えんな」
「涼宮さんの言動は、現実に抗っている結果じゃないかな。意識のどこかで『正解』とされることはわかっている、だがそれに納得したくもない。だからあえて『正解』を無視してもがいてるんだ。『こんな正解は嫌だ、こっちが正解のほうがいい』ってね」
「もしそうだとすると、それはそれではた迷惑なやつだな。まるで駄々っ子だ」
「くっくっ、駄々っ子とは言い得て妙だね。確かに涼宮さんの思考は、幼稚で未熟と言えるだろう。だが言い換えれば、まっすぐで純粋とも言えるんじゃないか? きっとそれも、彼女の魅力の一つなんだろう」
「そうは言っても、もう少し歳相応の落ち着きを持ってほしいもんだがな。……っと、電話か。出てもいいか?」
「お構いなく。もしかして涼宮さんかい?」
「…………ああ」
『あ、キョン!』
「どうした、ハルヒ。聞こえてるからもう少し静かに喋ってくれ」
『いちいちうるさいわね、アンタは。それより、SOS団は今すぐいつもの喫茶店に集合! みんなにはもう伝えてあるわ、最後の人は罰金よ! それじゃ、急ぎなさい!』
「……すまん、佐々木」
「ここまで聞こえたよ。ホントにいつでも元気そうだね、くっくっくっ」
「…………やれやれ」

「今日は楽しかったよ」
「ああ、こっちこそ。よかったらまた連絡してくれよ、時間さえあれば付き合うぞ」
「それは嬉しいね、ありがとう。じゃあまたくだらない話にでも付き合ってくれるかい?」
「それくらいならいくらでもな。さて、じゃあそろそろ行くか」
「じゃあまたね、キョン」
「おう、じゃあな」

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